先日、あるフランス人音楽家の女性から貴重な自筆譜のコピーを頂いた。なぜコピーかというと、未出版のお蔵入りの作品だからである。作曲家が楽譜を廃棄、または紛失したり、誰かの手に渡ってその後スコアが行方不明になったり、理由はなんであれ、お蔵入りになった作品は、音楽の長い歴史のなかで、きっと星の数ほどあるだろう。いったん初演されても、その後作曲家が納得せず、作品カタログからその作品を外してしまう場合や、自筆譜はあっても出版に至らず演奏の機会のないまま忘れられた作品、あるいは未完成のまま残された作品など、お蔵入りになる事情はさまざまだ。バッハなど大家たちに関しては、作品の真偽や自筆譜の正統性を巡って議論がなされている一方で、20世紀以降、まして1945年以降の現代音楽になると、この辺りの研究はまだ十分に為されていない。私自身はこうしたジャンルの研究にそれほど関心はないけれど、仏人の演奏家からこのコピー譜をめぐる話を聞いて、好奇心をかき立てられた。

このコピー譜の場合は、最終的に出版された決定稿以前の初稿譜に該当するため、現在まで日の目を見ないまま忘れられているが、作曲家自身があえてカタログから外したわけではない。だからまだ演奏の可能性が残されている。同一の作品がいくつか異なる版をもつことはよくあることだが、この作品の場合は決定稿と初稿の楽器編成がまったく違う。初稿のアンサンブル編成による演奏の録音はむろんひとつもないけれど、自筆譜のコピーの最初の保持者(つまり厳密に言うと、友人のコピーは自筆譜コピーのさらなるコピーである) によれば、演奏されないのがもったいないほど美しいらしい。友人はこのコピー譜をもちながらも、音符の判読がままならないこともあり、まだ演奏を試みたことはないけれど、以前からこの初稿版の自筆譜をどうにかして発掘して、演奏を実現させたいと思っていたそうだ。

あるコンサートの時にばったり彼女と再会して、どういう話のいきさつか忘れたけれど、自筆譜やスケッチなどを見る機会があると話したところ、彼女がこのお蔵入りの作品のことを話してくれて、今回のランデヴーとなった。この話を聞いて、私はすぐに自筆譜に関するカタログに目を通し、この初稿譜およびスケッチがしかと存在することを確かめた。もしこの初稿譜の復元に成功すれば、初のお披露目が実現するかもしれない。しかし、カタログから外されていないものの、作曲家に波風立てておじゃんになったら元も子もないので、慎重に進めなければいけない。今の段階ではまだひそひそ話にとどめておこう。(と言いつつここに書いてしまった…)