2014年からずっと放置していたこのブログ。これからまた日本を拠点にぼちぼち更新していきます。フランスの作曲家ピエール・アンリ(1927〜2017)の家がとうとう取り壊されることになるそうだ。昨年アンリが亡くなったあと、私自身も署名したけれど、パリ市があれこれ手を尽くしても、家を維持する目処が立たなかったのは残念というほかない。そういえば、アンリが亡くなった翌日、ふと思い立ってアンリのお家を再訪した。駅がどこだったかもう覚えていなかったので、過去の自宅コンサートの情報を調べてから出かける。メトロを乗り継いで、ヴァンセンヌの森まであと一歩というパリ郊外の入口にある8番線Michel Bizotの駅を出ると、そういえばこんな駅だったと思い出した。この駅に降り立つのは、2011年La maison de sonsに訪れて以来だった。より正確には、アンリへのインタビュー取材のお手伝いで同じ年にもう一度訪れたけれど、どちらにしても6年ぶりには変わりない。7月6日、初夏の陽射しが燦々と照りつけるなか、夏休みに入った楽しそうな子供たちを横目に、人もまばらな静かな住宅街の通りを歩いていく。


6年前に来たときは夜だったこともあり通りの様子に気が行かなかったけれど、今回はゆっくり歩きながら周囲に目が行く。もしかすると6年前にはなかったと思われる黄色の外壁のアパルトマンが目につく。



さらにまっすぐ通りを歩いていくと、アンリのお家が右手に見えてくる。6年前と変わらず蔦の葉が家の壁一面を覆い、新緑が青々としている。


ごく個人的な再訪でなるべく遠巻きから静かに見るつもりで来たけれど、思いがけず入口のドアが開いていた。喪に服すお家を訪れて写真を撮るのは躊躇われつつ、自分自身の記憶として。この再訪のあと、アンリが録音した音素材を使って作曲されたブーレーズ《エチュードII》(1952)の長年難航していたスケッチ分析がようやく突破口を見出して一気に前進できた。何か見えない力が働いたのかと思うほど。
アンリのお家はアトリエでもあり、アンリの手で作られた様々なオブジェが家の壁という壁、4階(3階?)建ての階段のあちこちに飾られて美術館ともいえる空間だった。その様子はLa maison de sons de Pierre Henryでよく伝えられている。もうじき取り壊されるのを前に、最後の訪問をレポートする記事(フランス語)を見つけた。これまでに9000人が訪れたとは本当に驚く。お家が取り壊されたあと、たくさんのオブジェやオープンリールや機材はどこに保管されるのか、気になるところである。取材のお手伝いで訪れたとき、キッチンから漂ってきたカレーのスパイシーな香りが今でもリアルに頭に浮かぶ。
*写真の無断転載はご遠慮ください。