
以前の投稿GRMで書いた課題の後日談。電子音響の作品づくりはその後手探りでなんとか続け、作曲家の知恵を借りたりしながら約5分ほどの作品が完成した。その名も《Il me faut un titre》。。しかしそれ以上に膨大な時間がかかったのは、言うまでもなくアクースモグラフによる分析だった。ごく簡単にダニエル・テルッジ氏が使い方を指導してくれたとはいえ、ほぼ自力で使いこなしたに等しい。分析対象の課題として出されたのは、ダニエル・テルッジ《Eterea》(《Sphœra》の第一部)、クリスティアン・ザネジ《Sémaphores》(2008)、ディエゴ・ローザ《Ciudad, Chronique d’un voyage inachevé》の3曲で、私はここからザネジを選択。この作品は15分15秒と3曲のなかでは一番長かったこともあり、気が遠くなるような作業だった。
具体的には、ヘッドフォンで音を秒単位で聴いては止めながら、それぞれの音の特徴ごとに色や形のシーニュを決めて、ソノグラムを参考にしながらグラフィック化していく。全ての音を図像化するのは不可能だし、むしろ意味がない。そうではなく、その作品の形式や音の展開、流れを示すために重要な音を聴き分け、それらを視覚化していくことが大切になる。楽譜のない電子音響作品の分析は当初難しかった。しかし、フランソワ・ベイル氏がゼミで語っていたように、このグラフィック化の実現によって、作品のアーカイヴを作成することが可能になったのは、この分野の研究そして創作の両方の観点から大きな役割を果たしたといえる。
6月のとある日、なんとか無事に作品と分析の発表をする運びとなったが、私一人しか受講していないので、ラジオ・フランスにあるテルッジ氏のオフィスでマンツーマンの発表となった。作品分析はグラフィック化したファイルと、それをもとに分析をまとめたレポートの提出がセットになっている。実際に音を聴きながら分析のグラフィックを流し、その後レポートを読んで頂いた。分析は良い評価をもらえたけれど、その後聴いた作品は最初の1分ほどを過ぎたところで、J’ai faimを連発されてしまった。つまり、物足りないということだ。
