6月27日

Rue Viscontiにてイベント

(この通りについてはこちらを参照)

”Tapis Rouge”(赤い絨毯)

Rue Visconti

古いアパルトマンの中庭で

O.ワイルド《サロメ》の上演

中庭に面したアパルトマンの壁面

6月21日

Fête de la Musique

この日ピラミッドで行われた

ブーレーズ指揮パリ管による無料コンサート

ものすごい長蛇の列で中に入れず。。

Fête de la Musique

サンジェルマン界隈の路地をはじめあちこちの街角で

いろんなミュージシャンが生演奏を繰り広げた

ドビュッシー《シリンクス》

サン=ジェルマン教会の広場にて

ジャズのスタンダードをカヴァーしたプログラム

カフェの聴衆

ずっとブログが更新できないまま7月半ばになってしまった。6月は現代音楽のフェスティバル、Rue ViscontiのイベントやFête de la Musique、ヴァンセンヌの森での和食ピクニック、エッフェル塔で行われた映画「Home」の無料上映会、アンセルム・キーファー(舞台)とヴィトマンによる新作オペラ@バスティーユなどに足を運び、滞在許可証やアロカシオンなどの事務手続きをこなしているうちに、ほんとうにめくるように毎日が過ぎていった。7月はパリに住む友人を招いてのご飯会も数回企画し、キッシュを3回焼き、天ぷらを作り、シューを焼き、アールグレーのチョコレートガナッシュを作った。ブログの更新が停滞するのは、レンヌにいたころは考えられないほど活動的な生活に一変したことと、パソコン環境が要因。前に住んでいたCちゃんと同じく隣人の厚意でWifiを無料で使わせてもらっているのだけれど、ネットが安定して入るのは天窓のところで、ずっと立ったままゆっくり文章を書いて更新作業するのはつい億劫になる。。今日は試しに天窓のすぐ下の机に置いてベッドに腰掛けながらの更新。明日は毎年恒例のパリ祭で、前日の今日も近くのエッフェル塔から花火の音が聞こえてくる。

フランスはもうすっかり夏のバカンスで、図書館も続々と夏休みに入り始める。たいていの図書館は8月から休みになるのに、IRCAMは一足早く今日が最終日。いつもは閑散として静かなメディアテックも人の出入りが多く、知り合いにも遭遇した。初めてIRCAMに来た2002年のに比べると、ここ7、8年の間に研究所としての活動やシステムが飛躍的に拡充されて、メディアテックの資料もずいぶん整備が進んでいるように思う。過去のシンポジウムの映像や音源のアーカイヴも増えてきた。1978年ポンピドゥーで行われた「音楽的時間」をテーマにしたコンフェランスの映像を見たら、ブーレーズ、フーコー、バルト、ドゥルーズ、ベリオ、リセなどが同じテーブルを囲んで議論していた。歴史的なメンツが一堂に会したこのコンフェランスは、これまでずっとテクストになったものに目を通してきたので、実際に議論の様子を映像で見ると新鮮で面白い。他にも貴重な映像や音源が多数あるのでこれからすべて視聴していきたい。

この夏は研究を進めることに専心する。正確にいえば、思いもよらず専心できる環境に身を置くことができることになった。予定されていたノルマンディー行きがキャンセルになった代わりに、8月3日から24日までストラスブールにいる友人宅に滞在する。ストラスブールはスイスとドイツにつながる国境沿いの街。スイスのバーゼルにはブーレーズの自筆譜やスケッチが所蔵されたザッハー財団があるし、ベルンにはクレー美術館があるので、どちらも足を運ぶことができる!博士に入ったころからザッハー財団には行ってみたいと思っていたものの、なかなかそこまで足をのばす機会がなかったし、滞在する経済的なゆとりもなかった。それが今回ついに友人のおかげで叶うことになった。草稿研究は一切コピーもできないし、作曲家のクセのある筆跡で読みにくいスケッチとにらめっこして解読しなければならないので、とにかく莫大な時間が必要になる。今回は本格的に掘り下げる時間はない。せめてメインとなる作品ひとつに絞って、自分の研究に必要な視点と直観でどれだけ要領よく閲覧できるかが重要なポイントになる。ストラスブール行きまでに、自分の頭を整理しておかなければならない。

とはいえ、もちろんバカンスモードも取り入れてせっかくの機会を満喫するつもり。ストラスブールから戻ったあとは、もしかしたら洞窟壁画で有名なラスコーにも行けるかもしれない。何でもパリの友人が3家族でラスコーそばの一軒家を借りたらしい。すべて友人のつながりで実現する旅、どんな滞在になるのか今から楽しみだ(これは結局は実現せず)。最後に「フェスティバル・アゴラ」のコンサートについてざっとまとめておく。個々のコンサートについても書きたいと思いつつ、それはまた次回に。

6月8日〜19日までIRCAMとCentre Pompidouによる「フェスティバル・アゴラ」が開催された。数年前から関心をもっていたフェスティバルで、これを聴きたい一心で5月中の引っ越しにこだわったと言っていい。去年はスペクトル音楽の創始者で没後10年を迎えたジェラール・グリゼー Gérard Grisey (1946-1998)がテーマ作曲家だったけれど、今年はブーレーズらとともに戦後ヨーロッパの前衛音楽をリードしたイタリアの現代作曲家ルチアーノ・ベリオ Luciano Berio (1925−2003)をテーマにコンサートが企画された。それに加えて、複雑主義を代表するイギリスの作曲家ブライアン・ファーニホウ Brian Ferneyhoughらを招いたコンフェランスや、若手の作曲家の新作を集めたCursus2、映像やダンスとのコラボレーション、ライヴ・エレクトロニクスによる新作も多数発表され、なかなか充実したフェスティバルだったと思う。

フェスティバルの冊子冒頭に載せられたFrank Madlenerの序文タイトルは「分岐するいくつもの道 Sentiers qui bifurquent」とある。今回のフェスティバルで打ち出された「科学とアートをめぐる複雑性の概念」という一見70年代のIRCAM(国立音響研究所)設立時を思い起こさせるような、ある意味ベタなテーマが意味するものは、序文タイトルの「分岐するいくつもの道 Sentiers qui bifurquent」にあるように、文学、現代建築、音楽、映画、科学など異なる領域へと分岐する道の地図を展望しようというもの。もちろん、「複雑性とはこういうものである」という賓辞的な判断を下そうとするのではなく、アクチュアルな芸術創造の行為に立ち現れる多様なもの、不連続なもの、非還元的なもの(それらはひとまず複雑性という概念に収斂される)のさまざまな姿をそっくりそのまま見せること、提示することが目的である。だから結論もなければ、帰着点もない。