レジデンス近くの景色

先週末で大学院の前期授業がすべて終了して、今週からとうとうフランスで過ごす初めてのノエル休暇が始まった。ゆっくりできるかと思えばそうではなく、こまごまと用事をこなしているとあっという間に一週間が過ぎていく。先週の日曜日はサン・ピエール大聖堂で行われたクリスマス・コンサートへ。夕方4時前にレジデンスを出てサン・タンヌ広場とは反対側の道を歩く。広場とは打って変わった静かな路地でなかなかいい景色。中世の一角へ向かうのに一番近い道のりなのだけれど、最近は急いでいるとき以外はこちら側から遠回りしてメトロや買い物に出かけることが多くなった。

最初の路地を左に曲がってまっすぐ歩いて行くと、大聖堂が見えてくる。

先日聴いたオルガンコンサートでは人もまばらだったので今日も同じかと思っていたら、すでにもう満員の聴衆がつめかけていて驚く。さすがに一番大切なノエルのコンサートはすごいのね。でもカトリックの行事に若者はめったに出かけないとよく耳にする通り、やっぱり年配からお年寄り、子供が多くて若い人はほとんど見かけなかった。東洋人の私が席を探してキョロキョロしていると、一斉に視線を向けられてちょっととまどう。このあたりがパリなどの大都市と大きく違うところ。もちろん嫌な目で見られるわけではまったくなくて、東洋人の少ないレンヌの住人にとっては物珍しく、つい目がいってしまうらしい。まして大聖堂のようなところにひょこひょこ東洋人が訪れるとなおさらだ。

フラッシュなしで撮ってみたけれど、少しピントがぼけてしまった。でも雰囲気はこんなかんじで、下に見えるのが合唱団。右手前に少女たち、左手前に女性団、奥に男声合唱団が並んでいる。プログラムの最初はイギリス人作曲家ベンジャミン・ブリテン(1913−76)の《Ceremony of Carols》からキリストの生誕を讃える部分の抜粋。一番印象的だったのはその次に歌われた、少女のソプラノ・ソロで始まるジュリオ・カッチーニ(1551−1618)の《アヴェ・マリア》。か細く儚い、でも透明で澄んだ少女の歌声が大聖堂の広い空間に静かに響き渡るのは、宗教心の有無に関わらず心が洗われるようだった。カッチーニといえば音楽史を学んだ人にはおなじみの『新音楽』(1601)の作者。もうほとんど忘れかけている記憶を巻き戻してみよう。それまでずっと複数の声部によるポリフォニーが主流だった中世ルネサンスの音楽に、17世紀初めのフィレンツェで独唱と通奏低音による新しいモノディ様式を取り入れた作曲家だ。このモノディ様式の誕生から、モンテヴェルディを始めとするフィレンツェの作曲家たちによって初期のオペラが生みだされ、通奏低音があらゆる音楽の基礎となる時代、バロックへと向かっていく。教会のコンサートへ足を運ぶのは、大学院入試のときただ詰め込んで覚えた西洋音楽史をもう一度思い出す機会になるのかもしれない。2時間に渡るコンサートでは、バッハのコラールやシャルパンティエ、コダーイ、サン=サーンス、メンデルスゾーンなどバラエティに富んだプログラムが盛り込まれ、日本人にもなじみ深いグリューバーの「きよしこの夜」で締めくくられた。

サン・タンヌ広場にて

コンサートがはねたあとは、クリスマス飾りのショーウインドーで華やかなブティックを覗いて歩く。ノエルといえばやっぱりキャンドルというほど、どこのお店でもいろんな形のキャンドルが置いてあって、見るだけで面白い。その後一旦帰宅してからマリジョーからノエルのマルシェを見に行こうと誘いの電話がかかってきて、夜8時ごろ高等法院の広場へ。ところが日曜日の夜8時ですでにほとんどのマルシェが閉まっていて、あら残念。というわけで、高等法院の広場からすぐのところに住んでいるマリジョーの彼氏マルクと合流して、いつものカフェへお茶を飲みにいくことに。

マリジョーの彼氏マルクはひょうきんでワイルド、ある意味フランス人離れしていて驚いた。私とマリジョーはりんごのクランブルとマリアージュ・フレールのマルコ・ポーロ、マルクはシェーヴルのタルティーヌと野菜スープを注文。マルクはなんでこんな小さな街レンヌに勉強しにきたのとか、フランスは他にどこに行ったことがあるのとか、矢継ぎ早に質問してくる。前の日、マリジョーとマルクはナントまでサッカーの試合観戦に行って来たらしく、マルクは私にレンヌとナントが長年どれだけお互いを目の敵にしてきたか熱く語ってくれた。やっぱりサッカー熱はすごいんだな〜と改めて実感。でも前日の試合は残念ながらドローに終わったらしく不完全燃焼の様子だった。レンヌっ子のマルクは現在博士課程に在籍して、遺伝子に関する研究をしているというのだからこれまた意外で驚く。私が東欧なども行ってみたいと話すと、格安バスが出てると教えてくれたが、あとからやって来たマルクの友人ジャン・マリー(名前は女性らしく聞こえるけど男性)が「だめだめ、あんな最悪なバスじゃ一睡もできないよ」と一蹴する。あらら〜残念、劣悪なのね。先日、ブルターニュのエルキ岬に行ったと話すと、マルクは「とにかく北部はとってもいいから、暖かくなったら車でみんなでブルターニュの北の海岸をドライブしよう」と言ってくれた。実現するといいな。

カフェにあったクリスマス・ツリー

今週火曜日の夜には初めてレンヌを本拠とするブルターニュ交響楽団のコンサートへ。コンサート前にケリジット夫妻宅で夕食を頂き、一緒に歩いてTNB(ブルターニュ国立劇場)へ向かった。ケリジット氏はワイン通の気さくなムッシュウ。趣味はサイクリングで、8時間くらいは軽くこなすというのでびっくり。数年前京都からやってきた日本人奨学生のカウンセラーを務めていたそうで、その奨学生をサイクリングに誘ったらあまりにハードでへとへとにさせてしまったと嬉しそうに話していた。私もぜひと誘ってくださったが、運動は得意でないのでなるべく軽いコースでとお願いしておいた。コンサートは、Philippe Hersantという1948年生まれの現代作曲家の小品と、モーツァルトのコンチェルト21番、そしてベートーヴェンの交響曲8番という手堅いプログラム。ブルターニュ交響楽団の客員ピアニスト、フランク・ブラレイ Frank Braleyのモーツァルトはすばらしかった。今までこのピアニストを知らなかったけれど、東京のコンサート事情に詳しい方によると来日回数も多いそうで有名なピアニストらしい。91年にエリザベート王妃コンクールで優勝して以来、世界各地を回っているとか。フランス人らしい繊細さと詩的な表現力をもったブラレイのモーツァルトは、単調とはほど遠く、かといって強く主張するものでもなく、聴き手を自由に楽しませてくれる。オーソドックスなクラシックを楽しむのは久しぶりのことだったけれど、やっぱりこういうのもいいなと感じた。そしてもうひとつ驚いたのは、指揮者がなんと弱冠22歳だったこと!日本では考えられない若さ。まだ少し学生の風貌をした小柄な男性で、指揮ぶりも堅さがまだあったものの、音楽づくりは明確で悪くなかった。この日はブラレイが出演するということもあって、文字通りの満員の聴衆。次回は1月9日で、シュトックハウゼンの弟子シュヴェルトシク(1935−)やクルト・ヴァイル、グリューヴァーと少し変わり種のプログラム。

翌日は、10月末に申請した滞在許可証の病院訪問へ。日本でいう収入印紙のような切手が必要で、TABACで買えるとシャンタルさんに聞いていたので何も考えていなかったのだが、いざ行ってみるとどのTABACにも置いていない。あっても額が足りない。。病院訪問のランデヴーの時間が近づいて来るも切手が買えないので焦った。最後のTABACで財務局 Trésor publicに行けば確実に買えると言われて、通りの名前を聞いて地図を片手に走る。何とか切手が買えた時点で約束の時間に。。当初乗る予定していたバス停から遠いところに来てしまったので、そこからまた地図を見ながら指定された検査施設へ歩いて向かうも、番地が110でそうとう遠い。殺風景な郊外の通りをひたすら歩いて15分遅れで到着。途中で一度マダムに確認したけれど、道を間違えなかったのはすごい(笑)。指定された時間が過ぎていたものの、こういうのっていつもながらアバウトなので待たされることもなく、レントゲンやワクチン接種の有無、内科検診、視力検査(日本と違ってKやHなどアルファベを読ませるもので面白かった)を済ませて無事終了。帰りはバスに乗ってのんびりと。

街の中心レピュブリックでバスを降りて、そのあとは中世の一角を通って歩いて家路に。少し前にレンヌを訪れた友人と一緒に行ったレストランの外観を写真に収める。クリスマスの装飾もシックだった。翌日は病院訪問の書類をもって再び郊外にある県庁へ。10時半に着いて順番が来たのは12時ごろ。これくらいならまだましなほうなのかな。てっきり滞在許可証がもらえると思っていたのにあえなく撃沈。医療証明書を提出した今日からさらに一ヶ月待ってやっと許可証が発行されるとのこと。というわけで、1月5日まで有効のレセピセの期限が切れてしまうので、もう一度レセピセを再発行してもらってこの日は終了。その後、久しぶりにルーシーと日本食レストランでランチする。彼女はサティをテーマに修論を書くと言っていたのに、なんと武満徹にテーマを変えたという!へ〜驚いた!確かにフランス語で書かれた武満の本はアラン・ポワリエの一冊のみ。先日日本のコンサートの解説のために少し目を通してみたけれど、まだまだ研究の余地はあるだろう。ピアノをずっと学んで来たルーシーは、まずは武満のピアノ作品に絞って進めてみようと考えているそう。日本で武満を研究している研究者は何人か知っているよと話すと、将来的には日本の大学にも勉強しに行きたいと。まるで私の逆バージョンを歩もうとしているルーシーを見てなんだか可笑しくなった。でも日本語の習得は容易ではないので少し時間がかかるかもしれない。