今日は語学の授業の帰りに、いつもなんとなく一緒に帰ることの多い中国人の女の子(化学専攻の博士2年生で、両親はパリ在住)がサン・タンヌ広場でケバブを買って帰るというので、一緒に買ってみた。フランスにはあちこちにケバブ屋さんがあるけれど、実はいままで食べたことがなかったのだ。彼女おすすめのケバブ屋さんで作ってもらっている間、お店にいる常連らしきお爺さんが梅酒によく似た味のお酒を少し分けて下さった。お爺さんによるとこのお店はサン・タンヌでも古いケバブ屋さんらしい。ギリシア風のきゅうり入りのフロマージュ・ブランとスパイシーな赤いソースをまず塗って、それから名物のあのぶら下がったお肉を削ぎ落としてトッピング。その後どさっとフリッツを盛りつけ、仕上げにもう一度フロマージュ・ブランをかけて出来上がり。お勘定を済ませたあと、なぜかアリボ Haribot(ドイツ語読みならハリボ。固めのゼリーにお砂糖をまぶしたようなお菓子)をひとつサービスしてくれた。家に帰ってさっそく頬張る。初めて食べるケバブはボリュームたっぷりで、しかもフリッツがこぼれそうで食べるのがむつかしいこと。これを外で歩きながら食べるのはたいへんそうだ。ちょっと味が濃かったけれど、でも美味しかった。
語学の授業は、毎週月火の夕方6時〜8時にある。月曜日は論文や新聞の論説文などで使われるフランス語の論述法 argumentationが中心で、火曜日は会話中心。火曜日は、ごく普通のフランス人たちが日常会話で使ういわゆる「話し言葉 familier」の表現を学ぶことができるので面白い。トゥールの会話授業でもそうだったけれど、フランスの語学学校ではこの「話し言葉」の表現を重視しているような気がする。東京日仏学院では会話の授業があっても、まずは決まった表現や文法を正確に使って正しいフランス語を用いることが中心で、あまりこの「話し言葉」にウェートは置かれていなかった気がする。やっぱり生きた表現はその国で学ぶしかないのだろう。日常会話で使うくだけた表現を学ぶには、なんといっても映画やシャンソンが格好の教材。トゥールでは、フランスでも人気のアニス Anisがパリの地下鉄を歌った「ぼくのメトロ Mon métro」の歌詞を読んだ。歌詞は隠語のオンパレードで、隠語用の辞書を使わないとふつうの辞書にはないものばかり。たとえば、仕事 Le travail→Le taf、サンドウィッチ Un sandwich→Un casse-dalleというかんじ。そして隠語だけでなく、単語の省略も頻繁にあるし、さらには言葉遊びならぬ「逆さ言葉」もある。これじゃあ普通のフランス人の会話、特に若い人の会話についていくのがたいへんなわけだ。まるで別の言語じゃよ。
今日の先生はもう少しシリアスなシャンソンを聴かせてくれた。ベルナール・ラヴィリエール Bernard Lavilliersという男性歌手で、1946年生まれの62歳。1960年代から活動し、ゲンズブールとともに、レゲエやアフリカンなどをフランスにもちこんだ歌い手らしい(ちなみに来年始めにはゲンズブールの特集がパリで予定されている。訂正:このブログを書いたちょうど21日からパリのcité de la musiqueで展覧会が始まったところでした)今日聴いたのは「黄金の手 Les mains d’or」というシャンソンで、まだ全部歌詞が完成していないけれど、炭鉱が閉鎖されて失業し、失望しながら職を求める労働者の気持ちを代弁している。これだけ読んだだけでもわかるけれど、プリントの紹介によれば、彼の歌は、権力者やエゴイストの政治家に対抗する貧しい労働者、いわゆるマイノリティを描いた歌詞が多いそうだ。日本もかつてはこうした歌詞があっただろうけれど、少なくとも今の時代ではあまり耳にしない気がする。もちろん炭鉱を扱ったこのシャンソンはベルナールの古い歌で、いまはもっとアクチュアルな歌詞を歌っているに違いない。いずれにしても、こういうタイプのシャンソン、そして歌い手が支持され続けるのは、ヨーロッパが今もなおマイノリティが直面する政治的、経済的、民族的なさまざまな問題を抱えているからかもしれない。

