Rue Visconti

 

 

パリは快晴。ずいぶん寄り道をしながら、Boulevard Raspailに出る。日曜日にはマルシェで賑わうこの通りも、土曜日は誰もいなくて静か。老舗デパートのボン・マルシェ Bon Marché横の公園を通り抜けてRue de Babyloneに出て、コンラン・ショップを素通りしてRue du Bacへ。夏のような陽射しで喉が渇くなと思っていたら、ちょうどアイスクリームを売っているカフェを発見。パッションフルーツのアイスを頬張りながら歩く。サンジェルマン大通りにようやく出て、教会へ向かって進んでいく。たくさんの人だかり。サンジェルマン教会に面したRue Bonaparteへ。Hôtel de Ville行きの70番バスはこの通りを抜けて、ポン・ヌフ橋を通って右岸へ渡る。ボナパルト通りは国立高等美術学校 Ecole Nat.Sup. des Beaux Artsに面している。セーヌに向かってまっすぐ道を歩いていると、右手に細い路地、壁には展覧会のポスターなどが貼られている。

 

 

 

 

Rue Visconti

 

 

ヴィスコンティと聞いて、誰を思い浮かべるだろう?私はイタリア人の映画監督ルキノ・ヴィスコンティ。ところが通りの名前の下にはよく見ると建築家とある。ふーん、そんな人いたんだね。知らなかった。このときはあまり深く考えず写真を撮ってさっさと歩を進め、セーヌを渡らずにお隣のRue de SeineへUターン。画廊街で知られるこの通りはウィンドーに並ぶ作品を見ながら歩けて楽しい。Mabillonに出たら、Rue du Fourへ折れる。2002年に初めてパリに来たとき、なかに折れたCanettes通りにあるプチホテルに滞在したのを思い出す。Canettes通りを進むとサン・スュルピス教会の広場に出る。距離にしたらそうでもないけれど、寄り道しつつの道中なのであっという間に4時間以上たっていた。昨日の収穫は、アンティーク屋さんで見つけたパイレックスのガラス製ブリオッシュ型ムールと、食器屋さんでついにゲットしたラザニア用の白い耐熱陶器。ブリオッシュなんてもちろん焼かないけれど、形が気に入ったのでサラダボウルとして使うつもり。でもガトーショコラを焼いたりできるかもしれない。料理の道具に目がない私である。

 

 

 

 

 

 

夜夕飯を食べ終えてから、少しRue Viscontiについて調べてみた。まず誰なのか知りたいと思ったら、なんだかとっても有名な建築家らしい。イタリアに生まれパリに没した18世紀末〜19世紀の建築家ルイ・テュリウス・ヨアキム・ヴィスコンティ(1791−1853)は、ナポレオン・ボナパルトからルーヴル美術館所蔵作品の主席保存官に任命された父親をもつ名門出身の建築家で、設計を担当した主な建築物は、ナポレオン3世のもとで新築されたルーヴル美術館(つまり今のルーヴル美術館)、ナポレオンが眠るアンヴァリッド、サン・スュルピス広場を始めとする噴水など。ふうむ、知らなかったけれど、重要な建築家なんだね。そして見つけたサイトによれば、この通りは光のショーや赤い絨毯をひいたイベントなども行われるらしい。今年は6月28日にあるそうなので、予定がなければ行こう。サイトを見ると、この通りにまつわる歴史や逸話、歴代住んでいた人の記録まで出ていて驚いた。

 

 

 

 

(1891, architecte Ferdinand Glaize)

 

 

番外編の写真を一枚。ヴォージラール通りを歩きながら撮ったもの。ガラスの円柱が素敵だなと思って眺めていたら、そのアパルトマンからフランスの現代作曲家パスカル・デュサパンがさっそうと出てきた。あれ?!ほんとうに文字通り「さっそうと」出てきたデュサパンは手に書類をもってスタスタと歩いて行ってしまったけれど、あの長髪に四角い黒眼鏡の風貌は間違いない。ちょうど先月初めにCité de la Musiqueで上演された彼のオペラ《To be sung》を観に行って、あのとき舞台に出てきたデュサパンとおなじだった。おそらくここが住まいなのだろう。