
《アニエスの海辺》
アニエス・ヴァルダ Agnès Vardaの映画を見たのは実は今回が初めて。ヌーヴェル・ヴァーグの代表的な映画監督で、夫は《シェルヴールの雨傘》で知られる映画監督のジャック・ドゥミ。ノエルの日に観た最新作《アニエスの海辺》(予告編ヴィデオ)は、80年に渡るヴァルダ自身の生涯を振り返る自伝的ドキュメンタリー作品。これだけを頭に入れて映画を観に行ったのだけれど、ドキュメンタリー映画によくある退屈さや陳腐なノスタルジーとはかけ離れた、興味深いフィルムだった。なんともいえない自由な空気に満ちていて、今の自分に目が覚めるような刺激をもらえたような気がする。
映画は南仏セート Sèteの浜辺に大小さまざまな鏡を置くヴァルダを映し出すシーンから始まって、ベルギーでの幼少時代、家族、ドゥミとの出会い、60年代のパリ、映画仲間たち・・・とヴァルダの視点からその生涯が辿られながらも、映画の中心にあるのは彼女を取りまく他の人々と彼らと結ばれた親密な交流だ。もともと写真家として出発したヴァルダにとって重要な要素である写真や映画から抜粋されたシーン、鏡、額縁、衣装、舞台装置がパズルやコラージュのように脈絡なくちりばめられ、合間に無関係な余談が挿入されながら過去の記憶がつぎつぎと想起されていく。そのひとつひとつのシーンがひとつの絵画や風景のように魅力的で、カラフルで、遊び心とユーモアに溢れている。たびたび登場するヴァルダのおしゃれな服装も大きな楽しみのひとつになる。「記憶(思い出)は、浮かび上がってくる泡のようなものLes souvenirs sont comme des bulles qui remontent 」とは、今回の映画に関するインタビューでのヴァルダ自身の言葉。映画を観たあと読んだル・モンドの批評では、「白昼夢によって今はもう触れることのできないものを浮かび上がらせようとするこの手法 sa manière de faire surgir l’impalpable par l’onirisme 」はシュールレアリスムに通じると指摘されていた。
映画は歴史も知識もなにも関係なく、いつも自分サイドで気ままに楽しむことができるごく自由な領域。そこが音楽とは大きな違い。といいつつも、批評を読んだりいろいろ調べてしまうのは変わらないかな。。でも振り返ってみると、悩んでいたことが小さく見えるようになったり、躊躇していた背中を押してもらったり、これまで節目節目で観た映画から少なからぬ影響を受けてきたのは確かな事実。ヴァルダの映画を観たのはほんの偶然だけれど、観るべくして出会った作品なのだと思う。写真が大好きな私はきっと興味をもつだろうと思って誘ってくれたシルヴィアーヌに感謝。
パリの街に浜辺が出現


