
Louise de Bellère du Tronchay(1639−94)
先週の土曜日Bastille-Amphithéâtreで行われたコンサートを聴きにパリへ行って来た。大詰めを迎えたパリの秋フェスティバル Festival d’automne à Parisの一貫としてパリ国立オペラ、IRCAM、ポンピドゥー・センターが委嘱した新作で、1965年生まれのフランス人作曲家Brice Pausetによる声とピアノ、エレクトロニクスのための《沈黙の実践 Exercices du silence》(2007−08、世界初演)。フランスの女流作曲家ベッツィ・ジョラスやイタリアの巨匠ルチアーノ・ベリオら20世紀の多くの作曲家たちが模索した「ヴォーカリティ(発声) Vocality」の系譜につらなる作品といえる。子音とそのノイズを多用しさまざまな発声法を駆使して新たな音楽の「声」を試みた作品だったけれど、録音された女性の叫び声を始めとする音素材の扱い方、ライヴ・エレクトロニクスによる音響的な面であまり斬新なアイディアがなかったので、残念ながら私には正直それほど面白い作品には思えなかった。とはいえ、この作品が非常に特殊な世界と結びついているのは確かで、そのあたりをもう少しよく知る必要がある。まずはベースとなる本について書こう。
17世紀フランスを生きた Louise de Bellère du Tronchay(1639−94、ロワール河下流域のアンジュー Anjouに住む貴族)が残した書簡集(1679-1693)をもとに、作曲者が声のためのテクストを作成したらしい。ルイーズに関しては、イエズス会修道士のJean Maillardが書いた伝記『虚無のルイーズ Louise du Néant』(1713)もある。たぐいまれな知性をもったこのルイーズという中世の貴婦人は結婚せず、その代わりにある難解な予言者による説教に魅せられてのめり込んで行くうちに、彼女のなかにあった狂気と神秘主義者の資質が呼び覚まされて、意識の危機に陥った。その後パリ13区にあるLa Salpêtrièreという精神病院に閉じ込められた彼女は、何かに取り憑かれた狂人のように扱われると同時に、周りにいる監禁された狂人たちのおぞましい生活状態を目の当たりにする。しかし幸いにも、ある司祭が彼女に関心をもち、彼女が体験した内的経験が正当なものであることを理解してくれたおかげで、意識の深淵に落ち込んでいた彼女はそこから立ち直ることができた。そして彼女は狂人たちの看護士として働くようになり、一個人による自己犠牲的な献身の並外れた例を実践した。彼女の書簡集は、当時の精神病院の実態が浮き彫りにされた貴重な証言であると同時に、それ以上に神秘的な愛を描くその傑出した文学的な表現力で高い評価を受けているらしい。狂気や神秘主義について私はそれほど知識がないし、これまであまり関心を向けてこなかった世界なので、とりあえずこの本の概要は理解できても、その内実まで具体的にイメージすることが難しい。でも、以前読んで衝撃を受けたミシェル・フーコーの『狂気の歴史』で描かれている、当時の精神病院や狂人に対する見方とおそらく通じるものなのだろうと思う。作曲者のPausetがこのベースとなる書簡集の言葉からどのように音楽へと昇華させたのか、それはもう少しプログラムノートをよく読まなければわからない。やっぱり現代音楽というのは、聴く者にさまざまなものを要求するだけに気楽に聴いてもらうのは不可能なのだと改めた感じた(笑)。
難しい話はこれくらいにして、冬のパリで過ごしたわずかな日々を少し紹介しよう。いつもパリを訪れた際には必ず足を運ぶヴォージュ広場 Place des Vosgesのベンチに座って、しばしひとりでぼーっとする。葉のない木々の枝がこれほど絵になるのはヨーロッパならではなのかな。
素敵な帽子のマダム