あっという間に1月が過ぎて2月へ。1月は学部生のテスト期間になって授業は第一週のみ。この間に懸案の分析を進めようと目論んでいたのだけれど、後半の2週間は予期せず出たレポート課題(前期の単位取得に必須の重要なもの)に翻弄されて、あまり捗らなかった(レポートは無事に提出)。とはいえ、少し前進したのも事実。パリ音楽院の作曲科の教授(10年以上分析クラスを担当していた)に個人的に分析を見てもらう機会に恵まれ、久しぶりに味わうエキサイティングな時間を過ごした。広い研究室の大きなテーブルに楽譜をすべて並べて、作品の形式や音の構造、成り立ち、音楽的時間について、楽譜を参照し、こちらに常に質問を投げかけながら、時にピアノを鳴らし、五線ボードに音を書き込み、簡潔で無駄のない分析の講義を1時間してくださった。非常に厳しいことで知られる先生なので、行く前はどうなることかと怯えて、あれこれ本を読んで楽譜とにらめっこして準備した。ところが実際にお会いしたら、穏やかなムッシューだった。最後は、音の構造に関する貴重な分析メモをコピーしてくださり、また分析が進んだら来てもいいとおっしゃってくださった。作曲家からマンツーマンで指導を受けるのは、考えてみると初めてのことかもしれない。やっぱり作曲家の分析眼は違う。

 

ブーレーズ絡みでは、このレッスンを受けた23日土曜日の夜、シテ・ド・ラ・ミュジックで《リテュエル Rituel 》のコンサートがあった。ブーレーズ指揮ではなかったけれど、8つの楽器グループが聴衆を囲むように配置され、たくさんの演奏者を必要とするこの作品が、アンサンブル・アンテルコンタンポランとパリ音楽院の学生たちのコラボレーションで演奏された。そのコンサートの前に、やはりパリ音楽院で分析クラスを担当している音楽学者クロード・ルドゥーによる作品解説が1時間あり、一般の聴き手にもわかる、それでいて本質を突いたいいコンフェランスだったと思う。マデルナの追憶として作曲されたこの作品は、魔法陣に基づいたリズムの置換とヴァリエーションによって音楽の空間と時間が複雑に形づくられ、そのもとで終始同じ音のフィギュールが少しずつそのパースペクティヴを変えながら何度も回帰する、文字通り架空の儀式のような音楽。パーカッションが刻むパルスに耳を傾けていると、遠い太古へ連れ戻されるような感覚にとらわれた。