昨年2021年スイスのルツェルン音楽祭でP.ブーレーズの《Poésie pour pouvoir》が1958年ドナウエッシンゲン音楽祭の初演以来、62年ぶりに初めて再演される予定でしたが、結局諸事情により実現されませんでした。この再演の話があったことを知っている方は、おそらく日本ではあまりいないのではないかと思います。2020年12月前後にパウル・ザッハー財団の現ブーレーズ・コレクションの責任者であり音楽学者のアンジェラ・イダ・ドゥ・ベネディクティス氏を介して、フランスのIRCAMの音響チームを率いるM.ストロッパ氏より閲覧照会のメールが届き、再演のプロジェクトがあることを知った時は本当に驚きました。
2018年に提出した拙著の博士論文では、同作品の初演後に失われてしまったテープの電子音響部分の草稿を復元し詳細な分析が記述されているので、それを参考にして電子音響部分を復元するという趣旨のメールで、もちろん喜んで論文をお送りしました。その後順調にプロジェクトは進んでいたようですが、コロナ禍のせいもあるのか、結局実現しないまま今に至っているようです(ルツェルン音楽祭のHPを昨年春ごろからチェックしていたのですが、いつの間にかプログラムから無くなっていました)。
そして、つい最近ちょっとした拍子に去年のFestival ManiFesteの冊子をウェブ上で見つけたら、この再演プロジェクトについてストロッパ氏のインタヴュー記事が出ていました。この冊子は留学前からアボネして数年前までは届いていたのですが、2018年から日本の大学で少しずつ教えるようになってからは本当にあっという間の日々で、そういえば思い返してみると数年前から届かなくなっていて、全く知りませんでした。
IRCAMがこの作品の再演を検討したきっかけは、おそらく拙著の博士論文もその一つなのではないかと推測します。その意味では、ちょっとでもいいのでそのことを冒頭に触れてもらえたらよかったなと正直思いました。アンリ・ミショーの図版のクレジットにexemplaire Chancellerie des Universités de Parisと入っているのは、全パリ大学及び高等教育機関の博士論文のプリの最終選考を行う審査委員会に送られた私の博士論文のことを指していますが、一般的にはなんだかよくわからないでしょう。どの分野でも研究では先行研究に必ず触れることがルールのように、一般向けの冊子とはいえ、ここに論文の著者名とタイトル(通常なら該当ページ数)も入れるのが普通ではないでしょうか。記事を書いたN.ドナン氏も面識がありますし、なぜ著者本人にメールで確認することをしなかったのか、腑に落ちないです。研究することと、それを実際にリアリゼーションすることは全く別の次元のことですが、有名なブーレーズ研究者を含めてそれまで殆ど誰も目を向けていなかった作品の草稿を無名の、アジア人の一研究者がどれだけの時間と年数をかけて創作プロセスを復元したか、少しでも思いを馳せてもらえるとありがたいです。
この作品だけ見てどうこうという話でなく、拙著のThèseでは、ブーレーズの電子音響の書法の変遷を草稿研究に基づいて、初期のミュジック・コンクレートの習作を含めて、包括的に研究した結果が纏められています。結局のところ、いくらThèseとしてValidéeされたとしても、やはり著作として出版しなければ、そこまでの認識を持ってもらえないということを今回のことで痛感しました(それよりまずThèseの最終版をソルボンヌの図書館に提出する方が先かもしれません)。記事は、以下のリンクより読むことができます。

L’étincelle #21 / journal de la création à l’Ircam (p. 32-35)